図1: PIKACHU実験で開発した高純度GAGG結晶。 |
PIKACHU (Pure Inorganic scintillator experiment in KAmioka for CHallenging Underground sciences) 実験では、Ce:Gd3Ga2Al3O12(以下、GAGG)という無機シンチレータ結晶 (図1) を用いて160Gdの二重ベータ崩壊の研究を行っています。このページでは、二重ベータ崩壊とは何か、PIKACHU実験とはどんな実験なのか、を簡単に説明していきます。
二重ベータ崩壊とは一つの原子核の中で同時に2回のベータ崩壊が起こる現象で、ニュートリノを放出する2νββと放出しない0νββの2種類が考えられます。
- 2νββ: (A, Z) → (A, Z+2) + 2e- + 2 νe
- 0νββ: (A, Z) → (A, Z+2) + 2e-
前者はニュートリノを放出する通常のベータ崩壊が同時に2回起こる現象で、素粒子標準理論の2次の摂動過程として起こり得ます。後者は同様に同じ原子核で2つのベータ崩壊が起こるのですが、放出された反ニュートリノがマヨラナ質量項を介してニュートリノに転換し、別の中性子に吸われ電子のみを放出する過程です。この過程は反応の前後でレプトン数が保存しておらず、標準理論では許されません。このニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊 (0νββ) の観測は、素粒子の一種であるニュートリノの本質に迫り、物質の起源解明に関わる重要な研究の一つです。もし発見されればニュートリノの粒子-反粒子同一性 (マヨラナ性) が判明し、レプトン数の破れが実証されます。そして、この宇宙に反物質がほとんど存在せず、我々が物質で形作られている謎を明らかにできます (これをレプトジェネシスと言います)。またこの崩壊率がニュートリノ質量の二乗に比例するため、素粒子標準模型で唯一不明なニュートリノの質量を0νββ半減期から決定できます。二重ベータ崩壊は、通常のベータ崩壊がエネルギー、スピンにより禁止・抑制されている特定の原子核 (48Ca, 76Ge, 136Xe etc.) でのみ観測可能なのですが、核種による遷移確率(核行列要素)の理論的不定性が大きいため、様々な原子核で実験することが重要です。
本研究では、160Gdの二重ベータ崩壊の研究を世界最高感度で行うことを目指しています。160GdはQ値が1730 keVと低いため探索があまり進んでいない核です。しかし、同位体の自然存在比が21.8%と全二重ベータ崩壊核中で二番目に高く、小規模に行う実験に適した原子核と言えます。160Gdのニュートリノを放出する二重ベータ崩壊 (2νββ) に対する半減期予測モデルは以下の2種類が存在し、予測は一桁近い違いが存在しています。
- J. G. Hirsch et al., Phys.Rev. C 66, 015502 (2002) → T1/22ν ~ 6.0×1021 年
- N. Hinohara et al., Phys. Rev. C 105, 044314 (2022) → T1/22ν ~ 4.7×1020 年
この差は原子核内の多体系核子間相互作用の近似手法の違い等によっており、他の多くの原子核でも同様のモデル依存性が存在します。我々はPIKACHU実験により、160Gdの2νββを理論予想の範囲まで探索を行い世界初の発見を目指しています。
現時点で160Gdを用いた世界最高感度探索は、ウクライナでGSOという結晶を用いて行われた以下の先行研究です。
- F. A. Danevich et al., Nucl. Phys. A, Vol. 694, Iss 1–2, 5 (2001) Pages 375-391
結晶に含まれる約100gの160Gdを用いて、0νββ、2νββの半減期に対してそれぞれ2.3×1021年、1.9×1019年の下限値を与えています。しかし、GSO結晶は波形による粒子識別 (PSD) が出来ないため、探索領域にα線によるバックグラウンド (BG) が多く入り込み感度を制限していました。我々が用いるGAGG結晶では高いPSD性能が確認されており、探索領域のα線BGはほぼ全て除去可能であると考えられます。さらに結晶サイズの大型化に成功しており、160Gdの量で一桁大きな規模の実験を検討しています。BG低減と大規模化の効果を合わせ、先行研究より一桁以上の感度向上を見込んでいます。短い半減期を予測するモデルでは、160Gdの2νββの半減期は~1020年台であり、先行研究より一桁の感度向上で発見の可能性があります。先行研究のウクライナの実験と、我々の比較を表1にまとめます。
表1: 先行研究とPIKACHU実験の比較。 | |||||||||||||||||||||
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図2: (左) 2023年に神岡の地下実験室で行った実験の様子。(右) 実験のセットアップ概念図。 |
当面の目標は、結晶内のウランやトリウム (U/Th) 系列の放射性不純物を極力低減した、高純度なGAGG結晶の開発です。2021-2023年には結晶原料の純化などを進めて、約一桁の不純物低減に成功しました。作った結晶はスーパーカミオカンデやカムランド実験がある神岡の地下1000 mにある実験室で測定しています (図2)。図3は測定されたα線のスペクトルですが、青の旧結晶に比べ、赤の新結晶ではα線のレートが一桁ほど低減したことが分かります。この高純度なGAGG結晶を使って、2024年にPIKACHU実験を開始したいと考えています。
図3: α線のスペクトル比較。青が純化前の旧結晶、赤が新しく開発した高純度結晶。 |
PIKACHU実験の現状は論文[1]やスライド[1]にまとまっていますので、ぜひご一読ください。また我々のグループではPIKACHU実験以外にも、(1)機械学習を用いた新たなシンチレータ材料探索、(2)シンチレータの波長情報を用いた放射線粒子識別技術の開発[出版論文-2] 、(3)開発したシンチレータ検出器の詳細な性能評価[論文-3,4,5]、等の研究を行っています。興味のある方は是非実験室の見学にいらしてください。他大学の学生さんも歓迎です。
出版論文
- T. Omori, T. Iida, H. Suzuki et al., "First Study of the PIKACHU Project: Development and Evaluation of High-Purity Gd3Ga3Al2O12:Ce Crystals for 160Gd Double Beta Decay Search", PTEP 2024, 3, 033D01 (大森、飯田、鈴木)
- Takashi Iida, Masao Yoshino, Kei Kamada, Rei Sasaki, Ryuga Yajima, "Gamma and neutron separation using emission wavelengths in Eu:LiCaI scintillators", PTEP 2023, 2, 023H01 [arXiv:2209.13189] (飯田)
- M. Yoshino, T. Iida et al., "Comparative pulse shape discrimination study for Ca(Br, I)2 scintillators using machine learning and conventional methods", Nucl. Instrum. and Meth. A 1045, 167626 (2023) [arXiv:2110.01992] (飯田)
- T. Iida, K. Mizukoshi, T. Ohata et al., "The energy calibration system for CANDLES using (n, γ) reaction", Nucl. Instrum. and Meth. A 986, 164727 (2021) [arXiv:2003.13404] (飯田)
- Takashi Iida, Kei Kamada, Masao Yoshino, Kyoung Jin Kim, Koichi Ichimura, Akira Yoshikawa, "High-light-yield calcium iodide (CaI2) scintillator for astroparticle physics", Nucl. Instrum. and Meth. A 958, 162629 (2020) [arXiv:1904.05993] (飯田)
国際会議発表
- (招待講演) T. Iida, "The PIKACHU experiment for the study of Gd-160 double beta decay", UGAP 2024, Sendai, Japan, Mar. 4-6, 2024